霊止に孵るために、山にこもったり、滝に打たれたり、長時間の読経をする必要はありません。全ての魂の大親である絶対なる神は、一部の人だけが悟れるような場を作ることはありません。万人に平等に与えられているのが日常生活(道場)です。

日常生活は、誰にでもあるものです。病気で入院している人も、病院での生活が日常生活です。刑務所に入っている人も、刑務所での生活が日常生活です。日常生活こそは、絶対なる神によって全ての人に用意された道場なのです。

その日常生活の中で目の前に起こる全ての現象は、
あなたの霊魂が“間練(まな)ぶために設定したもの”であり、
その現象を通して、前世からの埋め併(あわ)せをしながら、
理解力を高めて霊魂としての自分をはぐくんでいくのです。

日常生活における様々な現象に淡々と向き合って理解を重ねていくことで、
霊止としての自覚は静かに、しかし確実に芽生えていきます。
そして、外側の世界に振り回される生き方から、
霊としての本当の自分の声に導かれる生き方へと移行していくのです。